リスト-マゼッパ S138(第二稿改訂版)
リストのマゼッパの中でも群を抜いてtechnically demandingなマゼッパであるS138を取り上げる。
総説
この世には非常に沢山のマゼッパがあり、そのいずれも独特の個性を持った素晴らしい作品であるが日の目を見ているのはリスト作曲超絶技巧練習曲S139 第4番「マゼッパ」のみであると推測される。しかし私の知っている限りでも9つ存在する。順に紹介していこう。
最も有名なマゼッパの原型となったのが、現代でリストが中学三年時に作曲された『12の練習曲 S136』第4曲である。
所謂三段譜の中の中段のみである。全音から出版されていたはずなので手に取って見ても面白いかもしれない。
しかし初版マゼッパはここで終わらなかった。個人的に知らんがなという感じだがリストの弟子であるハンスフォンビューローが『restlessness』として編曲を出している。
S136のマゼッパの11年後、『24の大練習曲 S137』という形で先ほどの『12の練習曲』を改訂して発表する。ここで急に難易度は跳ね上がる。ピアニストのクラウディオ・アラウや作曲家のベルリオーズがリスト以外に演奏不可能と言ったそうな。楽譜を見て頂ければ分かるが指遣いを24に固定してインテンポで弾くのは実際不可能に近い。
そしてこの版が改訂を受けて出版されたのが今回の記事の主役、S138である。体裁としてはS137に少々手が加わった程度なのだが、やはり冒頭の和音は不可欠であるし、最初の音階がなくて少し寂しいがこちらの版は全てのオタクが一度は弾いてみたいと憧れる作品の代名詞かもしれない。曲の細部に関してはのち解説する。Youtube上にはもう一つMIDIによる音源が存在するが、そちらはS137の誤りである。
ここで最後の改訂を受けて超絶技巧練習曲にいたる。常識と思われるので今回は詳細を省くが、前の稿に比べて構成等しっかりしている一方テクニックとして見るべきものはかなり失われている。
良識あるオタクであるためにはあと三つのマゼッパを抑えておく必要がある。
ヴィクトルユーゴーの叙事詩『マゼッパ』を元にリストが作曲した交響詩第6番『マゼッパ S100』である。こちらにはリスト本人による編曲は二台ピアノと連弾しか存在しないが、優秀な音楽家による独奏版編曲が三つ存在する。
一つめがテオフィル・フォーシュハンマーが基本的に編曲し、リスト本人がチェックしたものである。三つの編曲の中では最も信用度が高いと思われる。ハンガリー、ブダペストのリスト・リサーチセンターに所蔵されている模様である。
二つめがルートヴィヒ・シュタルクによるものである。普通の編曲と言える。
最後が大本命オーギュスト・ストラダルの編曲である。楽譜はIMSLPで参照できるので省くがオタクはこちらを弾くのが良いのではないかと思われる。Youtubeに上がっている管弦版音源の楽譜はこちらだと思われる。もしストラダルについて知らなければ「ミヒャエル・ナナサコフ」で検索してみてほしい。世界が広がるに違いない。
MICHAEL NANASAKOV, Nanasawa Articulates
補足
そもそも同じマゼッパではないので付け加えるかどうか悩んだが実はもう一種類マゼッパは存在する。みんな大好きチャイコフスキーのオペラ「マゼッパ」である。
これを元にピアニスティックに編曲したのがPaul Pabst、ラフマニノフやチャイコフスキーと同時代に活躍し「神が遣わしたピアニスト」とまで讃えられた天才作曲家である。彼は他にもチャイコフスキーの作品を数多く編曲しているしどれも素晴らしいので聴いてみると良いだろう。
詳細は見ていないが彼のホームページを発見した。楽譜は殆どIMSLPで参照可能、illstrations de l'opera 'La dame de pique'に関してはIMSLPにしか録音も見つからない。Paul Pabst - Home Page
次回はS138の内容について解説する。
シマノフスキ-変奏曲 op.3 ⑴
シマノフスキの二曲存在する変奏曲の一つ、「変奏曲 op.3」を取り上げる。
総則
この曲は1901年から1903年にかけて書かれたシマノフスキ最初の大規模なピアノ作品である。出版の都合で前後しているが「四つの練習曲 op.4」の次に書かれ、彼と非常に親交の深かったピアニストであるArthur Rubinsteinへと献呈された。筋道には逸れるが、近現代音楽史において”Arthur Rubinsteinへと献呈された”作品というのは大きな意味を持つものが多い。最も有名なものではIgor Stravinskyの超傑作《Trois Mouvements de Petrushka》が挙げられる。他にはヴィラロボスの《野性の詩》、ファリャの《ベティカ幻想曲》などが有り、何れもピアニスティックな粋を極めた作品ばかりである。
一段階上のオタクを目指すなら彼に献呈された以下の曲も大体把握しておきたい。
- Piano Rag Music(Igor Stravinsky)
- 赤ちゃんの一族(Heitor Villa-Lobos)
- ルービンシュタインのための練習曲(Carlos Chavez)
- ルービンシュタインのオマージュ(Alexandre Tansman)
- 歌と踊り第6番(Fredric Mompou)
- 組曲(Francis Poulanc)
- 第二ソナタ(シマノフスキ)
- マズルカ op.50(同上)
他にはタイユフェールの弦楽四重奏や、ピアノ協奏曲としても有名なシマノフスキの交響曲第4番などあるがここまで押さえておけば試験で困ることはあまりないだろう。
元の話に戻るがop.4に比べると保守的な和声によって書かれた主題と12の性格変奏によって構成され、attaccaにより連続して演奏される。この曲の30%を占める最終変奏はシューマンのトッカータとの類似点が指摘されるなどシマノフスキの中では少し特徴的な作品で、コンクールなどにも用いられ有名である。
ピアノオタクによるピアノオタクのための雑記
日々譜読みをする中での感想や考察、メモを残したい。
私はあまり記憶力が宜しくないので何度も同じ曲を譜読みをすることがあるのだが、過去に手間取った箇所に毎度時間を奪われるのは非効率的であるとの考えからこのメモを記すこととした。再現性を高水準に保つため出来る限り抽象的な表現は避けたいと思う。
どこかのピアノオタクの参考になれば幸いである。